安定の島(Island of stability)

読書の記録が主。

「1Q84」(村上春樹)

 1月中、空き時間を見つけてはずっと「1Q84」を読んでいた。2巻まで読み終わってからは上り調子で、その後は1日一冊ぐらいのペースで読み終わることが出来た。本作は村上春樹の小説にしてはわかりやすく読みやすかったし、後半まで興味を失うことなく読み進めることができた。

 

 あらすじを少し。以下、ネタバレ多少あり。

 主人公は青豆(あおまめ)という名字の女性と、天吾という名の男性の2人。青豆はスポーツジムでインストラクターをし、バーで男を漁る(この辺がいかにも村上春樹的だ)アクティブな女性。天吾は小説家を目指す予備校の講師(担当:数学)。

 ある日、天吾は懇意にしていた編集者の小松から、「ふかえり」という作者の書いた「空気さなぎ」という小説のリライトをすすめられる。一方、青豆は仕事を済ませたあとタクシーに乗るが、そこで流れているヤナーチェクの「シンフォニエッタ」に導かれ、パラレルワールドのような世界「1Q84」に迷い込んでしまう…という話。

 

 まず「わかりやすさ」について。村上春樹の小説は、「現実」に「非現実」が突然介入してくる物語という形式が多い。その手法はスリップストリームとか、マジックリアリズムとかいわれているが、1つにまとめると「幻想文学」と言い切っても良いと思う。明らかに異常な状況なのに、それが「世界の常識」であるがごとく、周囲もびっくりしないし、主人公もすんなりそれを受け入れてしまう。

 ラテンアメリカ文学によくある手法だそうだが、私はそんなにラテンアメリカ文学を読んでいないので、なんともいえない。

 

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 しかし「1Q84」では、青豆が迷い込んだ世界が「通常の1984年」とは異なるということが示され、なおかつ迷い込んだきっかけも詳細に語られる。

 このあたりが非常に分かりやすい。私は、村上春樹の長編は「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」「ダンス・ダンス・ダンス」「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」「ノルウェイの森」「ねじまき鳥クロニクル」と…って、けっこう読んだなあ。

 まあともかく、リアル路線の「ノルウェイの森」を除けば、日常に非日常が突然介入してくる、という場面がばかりだった。しかし「1Q84」では、日常から非日常に入り込むときに分かりやすい「きっかけ」があったり、「1984年から1Q84の世界に移った」ことを説明してくれるキャラクターがいたり、と、ちゃんと解説してくれるのだ。 逆に言えば、それ以前の村上春樹作品では、その前段階が除外されていたため、例えば「羊男とはなんなのか」という謎が残ったまま読み終わってしまう。主人公の心象風景なのか、実際にいるのか。

 

 また、「1Q84」では様々な団体が名を変えて登場する。農業コミューンの「タカシマ塾」はヤマギシ会(もしかしたら加江田塾も混じっているかも)だし、新興宗教団体と化した団体「さきがけ」は山梨県に本部があることからオウム真理教を連想させる。また、「さきがけ」から分派し、後に警察と衝突する団体「あかつき」の事件はあさま山荘事件。などなど、「1Q84」の世界では、現実の世界で起きている事件に関連性をもたせ、村上春樹の目線で語られる。この辺も面白かった。

 

 とはいえ、全ての謎(伏線)は回収されないまま、青豆と天吾の関係にまとめられていく。結局、1Q84の世界はなんだったのか。「リトル・ピープル」とは何か。「空気さなぎ」とは何か。などなど…

 変なシーンだけあげれば、重要なキーパーソンのはずだった「ふかえり」は後半ほとんど登場しないし、青豆は天吾の子供を身ごもったと主張する(しかし性交渉はないのである)。何かを期待させながら、しかし意味なく登場し、大仰にまくしたてる「NHKの集金人」。ハードカバーで全3巻、文庫本にして全6巻だが、このへんはうまく風呂敷をまとめられていないようだった。

 大きな風呂敷を広げてみたものの、うまくまとめるのは無理だとわかり、一番まとめやすかった「青豆と天吾」という部分だけまとめたのではないか、という気がする。

 

 音楽について。

 重要な場面でたびたび登場する、チェコ出身の作曲家・ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」をはじめ、クラシックが頻出する小説でもある。今回はヴィヴァルディ、バッハ、テレマンなど少しバロックよりか。

 「シンフォニエッタ」の場合、青豆はジョージ・セル指揮、クリーヴランド管弦楽団演奏のレコードを買い、別の場面で天吾は小澤征爾指揮、シカゴ交響楽団演奏をかけるというシーンは、「オレの好きなものに異論を挟むな」と睨んでくるようである。

シンフォニエッタ」には主題がはっきり見えずわかりにくい曲で、村上春樹が取り上げなければ日本ではそうそう好き好んで聞こうという人などいなかっただろう。

 

 

1Q84 BOOK1〈4月‐6月〉前編 (新潮文庫)

1Q84 BOOK1〈4月‐6月〉前編 (新潮文庫)

 

 

 

バルトーク : 管弦楽のための協奏曲 / ヤナーチェク : シンフォニエッタ

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